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一木けい『1ミリの後悔もない、はずがない』初恋。恋情。劣情―だけど終わりなく続いていくのは、現実と毎日

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一木けい『1ミリの後悔もない、はずがない』初恋。恋情。劣情―だけど終わりなく続いていくのは、現実と毎日

※ネタバレを含みます。

1ミリの後悔もない、はずがない/一木けい【1000円以上送料無料】

中学生の由井は、帰宅したらまず制服の靴下とシャツを手洗いして干す。
替えがないからだ。
毎日洗って毎日同じものを着るしかない。
靴下が乾かなかった日は、湿ったままのそれを履き、暗澹たる気持ちで靴に足を入れる。

つい自分の子ども時代が思い出され、こういった描写に胸がキュッとなった。

裕福できちんとした親がいたなら多分、こんなことは経験しないだろう。子どもの頃に最低限身なりを清潔に保つことは、「ちゃんとした家庭」でなければ難しく、そしてそれは確実にクラスメイトに気付かれて引け目を感じさせる。

事実、由井は小学生の頃、毎日のように「ホンダ」と書かれたトレーナーを着ていたから、同級生の女の子に「ホンダ」と呼ばれ笑われていた。

それはまったく彼女本人のせいではなく、どうしようもなかったことなのに。

自分は、ふつうの家庭の子とは違う。

それが膜をつくっていく。

家にかかってくる電話はいつも聞きたくない内容だから出るのが嫌だった。
届く手紙は請求書や督促状。

そんな毎日をやり過ごしていた由井にとって、桐原だけが、自分を幸せな気持ちにしてくれる存在だった。

男子の喉仏。声。手の大きさや厚み。
中学生頃になると否応なく肉体の性差を感じるようになる。
誰かを好きになった時、その自分とは明らかに違う身体がどうしようもなく「欲しくなる」。

触れたい。
心臓がどきどきして、身体が熱くなって、何も考えられなくなる。
声が聞きたくて会いたくて、走り出したくなる衝動。

その人のことばかり考えてしまう。
頭の中がいっぱいになって何も手につかない。
好きな人が自分の世界のすべてになってしまって、それ以外何もいらないとすら思う。

多くの人にそんな経験があると思う。
初恋の思い出はいつまでも色鮮やかに胸の奥に残り、キラキラと眩しい。


由井の苦しみは貧困を招いた両親のせいなのだけど、由井の魅力―まっすぐな強さや思慮深さ、賢さは、きっと父譲りのものでもある。

由井は父を憎みきれない。
別居している父に会いに行く。会って話をしたら心がどんよりする。わかっている。それでも中学生の由井はまだ、アル中でどうしようもない父と決別できていない。

高校生になった由井はますます苦しい生活を強いられることになる。

借金取りに追われ夜逃げを繰り返して、桐原とも遠く離れてしまい連絡が取れなくなる。
2度目の夜逃げで行きついた先は、トイレすらないとても人の生活できないようなあばら家で、もちろん電話もなかった。
それでもふたりはまだ、お互いを想い続け、どうにか繋がっていようと努めたけれど、それはとうとう叶わなかった。

高校生のふたりには、不可能なことだった。

だけど、

桐原と出会ってはじめて、自分は生まれてよかったのだと思えた。彼を好きになるのと同時に、すこしだけ自分を好きになれた。桐原がわたしを大事にしてくれたから。

あの日々があったから、その後どんなに人に言えないような絶望があっても、わたしは生きてこられたのだと思う。

桐原の記憶が由井を支え続けた。

『ドライブスルーに行きたい』

由井と桐原の同級生だったミカの話。

大人になったミカは中学生の時に憧れていた高山先輩と偶然再会し、セックスする。

女子の憧れだった高山は、司法試験に落ち続けて散らかった部屋でバイト生活。あの頃の輝きは失われていた。
ミカも、二股をかけられていた男と別れることが出来ずボロボロになりながらも不倫を続けていた。

ミカと由井は、中学生の頃に、「いつか好きな人とドライブに行きたいね」と夢を語り合ったことがあった。
ミカは憧れの高山先輩と、由井は桐原と。

ゆきずりの行為のあと車で送ってもらうことになり、思いがけずミカは高山の運転する車の助手席に座ることになった。それは中学生の頃にはまったく想像もしなかった形で。

遠い昔に夢見ていた高山の隣で、前を走る車を見ながら、ミカは桐原と由井のことを思い出す。あの車に大人になった桐原と由井が乗っていたらいいのにと想像する。

それはなぜか、ひどくかなしい。

かなしいのは、それがどれだけ強く願っても叶わなかった未来だから。

『穴底の部屋』

コンビニでバイトする高山に一目惚れし不倫してしまう主婦・泉の話。

大切なかわいい娘がいるのに、日々の生活の中で夫と義母に対する不快感が募っていた泉は、高山にハマってしまう。

いつか罰が当たる。わたしは醜くて汚い。高山もきっとそう思っている。本心では軽蔑しているはずだ。わたしは嘘ばかりついている。だって嘘をつかなければ高山に会うことができない。いっそ手放してみたらどうか。でもこれなしで生きていける気がしない。これなしでどうやって生きていたのか、もう思い出せない。

泉が高山に頼み、針でピアスを開けてもらうシーンがある。

好きな人に穴を開けて欲しい気持ち。
たぶん私も軟骨に針をじっくり刺されたらひどく×××だろうなと思う。
貫かれたい、とか、目が覚めるような痛みが欲しい、とか。そういう衝動に駆られることがあった。

夫に不倫がバレそうになり、泉は高山に「もう会えないよ」と告げる。

高山との関係を終わらせ、義母へのバースデーケーキを手に家に帰ろうとする。

ゴウゴウと何かの流れる音がした。名前を呼んでみる。声が穴に反響する。この穴の深さをわたしは知っている。さっきまでその中にいたのだから。わたしには避ける気がなかったのだ。落ちたっていいと思った。彼となら落ちたかった。
そしてわたしはようやく気付く。穴は、高山と出会ってある日とつぜん現れたものではなかった。彼に出会うまでの人生で、自分が掘ってきた穴だった。

わたしの中の地獄。

ひとの中には時々、どこまでも底の見えない深く昏い闇が広がることがある。

絶望というにはちょっとだけ違うような。

だって、それはすべて、自分が招いたことなのだもの。


「免許を取るよ」

高校生の桐原はそう書いて手紙を送ったけど、それは数十年後まで由井のもとには届かない。

ほんの少しだけ何かが違っていたら。

そう思わずにいられない。

人生は出会いと別れと嬉しいと苦しいを繰り返しながら、ずっと続いていく。

もう会えない人がいる。

一緒になれなかった人がいる。

だけど、好きだったのだ、ほんとうに。

すべてを投げ捨ててでも別の道を選べば、よかったのだろうか?

そんなわけもない。

しかし大人になったわたし達に、1ミリの後悔もない、はずがないのだ。

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燃え殻さんの『ボクたちはみんな大人になれなかった』も好きでした。

それにしてもエモいって良い言葉ですよね。
どっちもめちゃめちゃエモい気持ちにさせられました。
エモーショナルが止まらなくなってしまって恥ずかしい。