貧乏子沢山リアル日記

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借金取りに同情されていた私。貧困家庭でも自己肯定感を育む子育て。

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小中高時代、私はおそらく、クラスで一番貧しい家庭の子でした。

いえ、実際はそうではなかったかも知れないし、「一番貧しい家庭」なんて定義のしようもないのですが。

 

少なくとも私はいつも「うちよりお金のない家なんてそうそうないだろうなぁ」と思って暮らしていました。

 

 

電話やインターホンに出るのが嫌だった小学校時代

 

子供の頃の記憶は少ない方なのですが、覚えているのは家の電話やインターホンに出るのが嫌だったこと。

借金取りがよく家に来たんです。

「お家の人いる?」

「いえ、いません」

私はどんな顔でそれを言って、相手の大人はどう思っていたのでしょう。

 

「ごめんねー、お嬢ちゃんが悪いわけじゃないんだけどねぇ」

「お嬢ちゃんも大変だねぇ」

 

そんな風に声をかけてくれる優しいおじさんも多かったです。

 

まあ、母はただの主婦で借金の金額も可愛いもんだったでしょうし、

 

時代的に不当な取り立てはもう出来なかったんでしょうね。

怒鳴ったり脅してきたりする人はいなかったです。

(数年後にちょっとやばい闇金に手を出したりとかもありましたけど。)

 

こっちも、

「お母さんがお金を借りて約束破ってるのがいけないのにすいません…」

くらいに思っていました。

 

そういえば私はウシジマくんを読んだことがないので読みたいです。

 

 

「お母さんいるかって聞かれたら、いないって言って!」

母親にそう言われて家にかかってきた電話に出たことも度々ありました。(当時はまだ携帯電話がなかった)

 

そんな記憶の所為か今でも、電話が鳴ると嫌な連絡じゃないかと不安な気持ちになります。

 

 

電気や家賃、学校のお金の支払いが遅れるのは当たり前。

家にはいつも督促状が届いていたし自分だけ先生からお手紙をもらったりしていました。

 

 

 

 

だけど明るかったし自分に自信があった。その理由は…

 

そんな残念な家庭で育った私なのですが、不思議なことに自分に自信がありました。

私はきっと大丈夫。そう思い、将来にも希望を持っていました。

お金持ちの子(というか普通の家庭)がうらやましかったけれど、自分の環境はこれはこれで自分のバックボーンや強みになるはずだと信じていた。

 

裕福でない家庭で育つとみじめな思いや恥ずかしい思いをして自分に自信がなくなる子も結構いると思うんですけれど、何故自分はそうじゃなかったのか?と言うのを少し考えてみました。

 

大小様々な要因と、それからおそらく元々の気質(楽観的、大雑把)もあると思いますが、

生きていく上で自己肯定感はとても大事なので

私の場合をいくつか書いてみようと思います。

 

 

  • ちょっと珍しい習い事をしていた

 

ハイ。

貧乏なのに?と思われるかと思いますが、うちの親はアホで私を芸能人にしようとしていたんですよ。

子どもが有名子役になって稼いでくれると期待して小学校低学年くらいから芸能スクールに入れたんです。

 

結局数年で授業料が払えなくなってやめたんですが、

今でもコレは行かせてもらえて良かったなと思っています。

スクールはすごく厳しくて、芸能界を目指すなら子どもでも甘えは許されないと言われ。

挨拶や発声練習、ダンスや演技の指導などを受けましたが、指導されて泣くこともありました。

 

子役にはなれませんでしたが一応オーディションに受かって有名な舞台に立てたり、

新聞やラジオ、テレビや映画のお仕事もさせてもらえたりしたんですね。(エキストラとかですけど)

 

自分って芸能人になれるんじゃ~ん?

と勘違いしておりました。イタイ子どもです。笑

 

ともあれ厳しい稽古を経験して自分は人より根性がある、また何者かになれるかも知れないと思う(勘違い)ようになりました。

それから舞台やテレビ局に出入りしたりと普通はない経験をしたという優越感みたいなものもありましたね。

 

いわゆる成功体験であり、

 

ピアノでも、スポーツでもなんでも。習い事など何かを頑張るという経験はやはり自信に繋がりますね。

 

 

 

  • 没頭できる趣味、特技があった

 

物心ついたときから絵を描くことが好きで、少女漫画の絵をたくさん真似して描いていました。

友達に褒められることも多くて、それ以外は苦手なことばかりでしたけど、自分にはコレがある!っていつも思っていましたね。

 

家でもマンガばっかり描いていたように思います。

お金がなかったり、親が喧嘩ばかりしていたり、色々ツライことが多かった気もするんですけど、

夢中になれる趣味があった事がすごく良かったなぁと思います。

 

絵を描いているときはそのことに夢中で何も考えなくて良くて、楽しかったです。

 

 

  • 本などでサクセスストーリーを沢山知った

 

本(マンガ含む)を読むのも好きでした。

偉人の伝記などで貧しい出自で立派になった人ってすごく多いですよね!

だからそういう物語を読むたびに貧乏だったり苦難が多い子供時代を過ごした人間は大物になれるんだ!という思いを強くしていっていたような気がします。

 

今思うと何でそんなにポジティブなんでしょうね。笑

自分でもよくわかりません。が、とにかく自分は逆境に負けずに立派になるぞと思っていました。

努力は必ず報われると信じていました。

 

あ、あと当時「家なき子」というドラマが流行っていまして…。

 

安達祐実さんが「同情するなら金をくれ!」って言うやつです。

内藤剛志と犬のリュウの存在しか覚えてないけど。

 

何となくドラマの主人公にちょっと自分を重ねていたような気もします。

 

何かめっちゃ自分のこと特別な存在だと思っていますね。キモい子どもです。

 

 

  • 親に細かいことで叱られなかった、褒められた、自由にさせてもらった

 

親はほんと、清貧とかじゃなくだらしなくて借金だらけで家の中は荒れてて色々とひどかったんですけど、これも不思議なことに親のこと嫌いじゃなかったんです。

 

貧困家庭っていうのと相反してしまうんですけど、割と欲しい物などは買ってもらえたし。

パチンコで勝ったときとかにね。最悪。

私の欲しいものが主にマンガで安かったですしね。

 

放任だったので口うるさくなかったし、でも悪いことをしたら叱られたし。

 

父親は全然家にいなかったし母親は料理も掃除もろくにしてくれなかったけど、親は私のことを好きだとは感じていました。うーん、何でだろう。

ふたりとも、私に対して優しかったんですよ。

 

あ、スキンシップも多かったように思います。

小さい頃はよく抱きしめられたりちゅーされたりしてたな。

かわいいとかも沢山言われた気がします。

 

だから自分に自信を持てたのかな。

大きくなってお金持ちになって親に楽させてやるぞ!くらいに思っていました(出来なかったけど)。

 

よく言われている月並みのことですけど、

子どもの話を聞く、たくさんほめたり触れたりする、

子どものありのままを受け入れ信じてあげるってやっぱり大切ですね。

 

私の母親はそれだけは本当にしてくれました。

「お母さんは本当にダメなお母さんだけど、あなたたちは良い子に育ってくれてると思う」

そんな風に言ってくれていました。

 

今でも母には何でも話せますし仲が良いです。

勿論、お金のことで迷惑かけられたりしたので憎く思ったことも沢山ありますが、嫌いになれなかったですね。

 

 

…自己肯定感は、6歳位までの親の接し方で決まるそうなのですが。

 

私が4~6歳の頃両親の仲は最悪で、

幼稚園年長のときに父親は出ていくし、母親は水商売をしていて酒浸り気味でした。

 

ちなみにその後父とは再び同居したのですが両親の喧嘩は絶えず結局数年後に離婚したのでした…。

 

 

そんな環境だったけど、私は、明るく生きてますよ。

 

だからもし今、

離婚などでシングルで子育てをしていたり、経済的に余裕がなくて、

子どもを幸せにしてあげられるのか?と不安に感じている方がいらっしゃったら。

 

片親でも、貧困家庭でも、子どもの自己肯定感はちゃんと育ちます!と伝えたいです。

 

 

 

でももっと言えば私は、

 

自己肯定感がそんなに高くなくてもいい、とも思っています。

 

もちろん自分を好きな方が、自分に自信があった方が、

きっと生きやすいし幸せです。

 

でもだれもがそういう人間な訳じゃない。

 

いろんな人間がいて良い。

意識が高くても低くてもどっちでもいい。

性格が明るくても暗くてもどっちでもいい。

 

 

 

そう考えた方が子どものありのままを受け入れられるような気がして。

 

 

そしたら、

 

神経質にならずに、子どもに口うるさく言わずにすんで、

 

結果的に子どもの自己肯定感を育めるかも、とか。

 

(結局気にしてる)