貧乏子沢山リアル日記

役に立つ情報はほぼない

Home » 小ネタ » 介護クエスト①なんとかなるなるな~るなる

介護クエスト①なんとかなるなるな~るなる

calendar

人生はゲームみたいなものだ、と考えるようにしている。

勉強とかも、ゲームだと思って頑張りな~と子どもに言ってみたことがある。

しかし私は全然ゲーマーじゃなくて一生懸命プレイしたことがあるのは「ときメモ」しかない。
ときメモは最高だ。ときメモ2とGSが私の青春である。
なんで全然ゲーマーじゃない癖にゲームにたとえたのか自分がさっぱり分からない。

ひと月ほど入院していた義母(80)が近々退院する。

世の中コロナパニックでありますが、義母の肺機能はだいぶ終わってるので、肺炎=即死である。

義母はCOPD(肺気腫)で在宅酸素療法をしている。喘息もある。
もう4年ほどになる。
在宅酸素を開始してからの5年生存率は42%らしい。

そろそろ終わりかもしれないと、本人も周りも覚悟している。

車で40分くらいのところに住んでいたが、一年前うちの近くに部屋を借りて引っ越してきてもらった。今は自転車で10分の距離。

この頃は入退院を繰り返し、しょっちゅう呼吸困難やパニックになって救急搬送されていた。

84歳の義父(糖尿病)がなんとか頑張ってくれているものの、いい加減に限界ということで、退院後は訪問看護や介護サービスを利用していくこととなった。

ほとんど歩けないので車椅子は以前からレンタルしていたが、この度介護用の電動ベッドをレンタルした。レンタル料金は月1000円くらいらしい。ウィーン。

義両親は年金生活である。貯金もない。義父はいろいろあって退職金がなかった。

今のところ年金内で生活している。

行政のお世話になりまくっているので感謝しかない。

同居して介護、ということにならぬよう、結婚して15年、なんとかかんとかやってきた。

義父は元アル中で糖尿病で、一時認知症を発症していた。
今は復活して頑張ってくれている。

義母はパチンコ依存の多重債務者だった。
ヘビースモーカーで肺をぶっ壊した。
70過ぎまでは元気でパートにも行っていて、子育てはずいぶんと助けてもらった。

いまは要介護2、障害4級。申請して引き上げられる予定。

ふたりとも、まぁまぁアレだけど、でも苦労も沢山してきた人達なんだ。
戦争も伊勢湾台風も経験しているし。

今年いっぱいの命じゃないか、と義父は言う。
けどまだわからない。

続くかわからないけどなんかしら書き残しておこうと思う。

結婚して少し経った頃、まだ私が20歳そこそこの時に、義父がボケた。(※我は田舎のマイルドヤンキーみたいな女ゆえ早くに入籍しました)

それはアルコール性アルツハイマーというもので、昼から毎日飲んでいたお酒をやめたことで治ったのだが(ほんとうに良かった)、数ヶ月の間不安で不安で。

夫は田舎の長男で、その頃は「俺が面倒見ないと…」くらいのことを言っていた。

そんなこと言ったって夫は仕事で忙しいし私は専業主婦だし。

赤ちゃんを抱えて私が介護するの?同居して?

私の20代は育児と介護で終わるのか、と落ち込んでいた。

同居、介護、認知症についてネットで調べまくった。本もたくさん読んだ。

当時読んでいた介護ブログは愚痴がたくさん書かれていたり不安を煽るような内容のものが多くて、読めば読むほど、介護とか同居とか地獄ではないか、お先真っ暗くらのすけ~~という気分になっていた。

あれから10数年経った。

義両親は80代になりすっかり老いたけど、同居もしてないし大した介護もせずにすみそうだ。

家族の関係も悪くない。

大丈夫だよと、昔の私に伝えたい。

いま介護不安がある人にも。

お金なくても何とかなるし(ただこれからは年金も期待できないのだろう、何とかなるというよりどうにかせねばなるまい)、介護でいちばんいけないのは、よく言われることだけど、自分ひとりでめっちゃ頑張ろうとすることだ。

そんなことをしていたら私は多分、義親にも夫にも子どもにも優しくできずロクなことになっていなかったと思う。

人間無理しちゃいけねぇ。
特に私みたいなポンコツは。
人間のキャパは有限である。

やっぱりゲームじゃないかなぁ。
ゲームだったら無理しても死んでもいいけどさ、そういうわけにもいかないもんね。